「月給28万円」の中身を知っていますか
求人票に「月給28万円」と書かれていたら、多くの人は「悪くない条件だ」と感じるでしょう。しかしその横に小さく「固定残業代45時間分を含む」と記載されていたらどうでしょうか。
この場合、実質的な基本給は22万円程度で、残りの6万円は「毎月45時間残業することを前提に、あらかじめ支払われている残業代」です。つまりこの企業は、月45時間——1日あたり2時間以上の残業が常態化していることを、求人票で自ら示していることになります。
固定残業代(みなし残業)は違法な制度ではありません。適正に運用されていれば、労働者にとってメリットもあります。しかし、その仕組みを理解しないまま応募すると、「思っていた条件と違った」というミスマッチにつながります。
本記事では、残業時間の実態データから、固定残業代の法的な仕組み、無効になるケース、そして額面に惑わされずに実質時給で企業を比較する方法までを解説します。給与の「額面」ではなく「中身」を読み解く力を身につけましょう。
(2025年・月あたり)
(月あたり)
減少している
残業時間の平均|全体・業界別・職種別データ
まず、自分が比較する際の基準となる平均値を押さえておきましょう。
全体平均は月20.6時間、3年連続で減少
転職サービスdodaの調査によると、2025年の平均残業時間は月20.6時間でした。2019年の24.9時間から、働き方改革関連法の施行を背景に減少傾向が続いており、2023年以降は3年連続のマイナスとなっています。
なお、厚生労働省「毎月勤労統計調査」では月間平均所定外労働時間が約10時間と発表されていますが、これはパートタイム労働者を含む全就業形態の数値です。正社員の実感に近いのは、doda調査の20時間前後と考えてよいでしょう。
【業界別】残業時間が長い業界・短い業界
| 残業が長い業界 | 残業が短い業界 | |
|---|---|---|
| 1位 | 運輸業・郵便業(19.8時間) | 宿泊業・飲食サービス業(4.9時間) |
| 2位 | 電気・ガス・熱供給・水道業(16.0時間) | 生活関連サービス業・娯楽業(5.5時間) |
| 3位 | 情報通信業(15.7時間) | 医療・福祉(6.0時間) |
| 4位 | 建設業(14.0時間) | 教育・学習支援業(7.5時間) |
| 5位 | 製造業(13.0時間) | 金融業・保険業(8.5時間) |
厚生労働省の統計をもとにした業界別の所定外労働時間です。最長の運輸業と最短の宿泊・飲食業では、約4倍の開きがあります。ただし、残業が短い業界にはシフト制・パートタイム比率の高さが影響している点には留意が必要です。
【職種別】残業時間の傾向
| 職種 | 月平均残業時間 |
|---|---|
| 医療事務 | 10.5時間(最少) |
| 事務/アシスタント | 14.1時間 |
| 全体平均 | 20.6時間 |
| 総合商社の営業 | 29.8時間(最多) |
法律で決まっている残業時間の上限(36協定)
残業時間には、法律による明確な上限があります。この基準を知っておくと、求人票の設定時間が何を意味するかが判断できるようになります。
原則の上限
労働基準法では、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて働かせる場合、企業は労働者の過半数代表と36協定(サブロク協定)を締結する必要があります。そのうえで、残業時間の上限は次のように定められています。
| 区分 | 上限 |
|---|---|
| 原則 | 月45時間以内・年360時間以内 |
| 特別条項付き36協定を締結した場合(臨時的・特別な事情がある場合に限る) | |
| 年間の時間外労働 | 720時間以内 |
| 単月の時間外+休日労働 | 100時間未満 |
| 2〜6か月平均 | いずれも80時間以内 |
| 月45時間超の回数 | 年6回まで |
2024年4月からは、これまで猶予されていた建設業・自動車運転業務・医師にも上限規制が適用され、すべての企業が対象となりました。この改正を受けて、建設・運輸業界では残業時間が大幅に減少しています。
固定残業代(みなし残業)の仕組み
固定残業代とは、実際の残業の有無にかかわらず、あらかじめ定めた一定時間分の残業代を毎月固定額で支払う制度です。「みなし残業代」「定額残業代」とも呼ばれます。
労働者にとってのメリット
残業が設定時間より少なかった月でも、企業は固定残業代を減額できません。月30時間分の設定で実際の残業が10時間だった場合も、30時間分の金額がそのまま支払われます。差額を返還する必要もありません。この点は労働者にとって明確なメリットです。
注意すべきデメリット
- 基本給が低く見積もられる:賞与や退職金が基本給連動の場合、影響が出ることがある
- 残業が常態化しやすい:「どうせ払われているのだから」という空気が生まれやすい
- 額面に惑わされる:月給の総額だけ見ると好条件に見えてしまう
- 超過分が未払いになるケースがある:制度を誤解した企業による違法運用が後を絶たない
求人票に必須の「3つの明示事項」
厚生労働省は、固定残業代制を採用する企業に対し、募集要項や求人票へ次の3点をすべて明示するよう求めています。裏を返せば、この3点が書かれていない求人票は、それだけで注意信号です。
「基本給○○円」と、固定残業代を含まない金額が明示されている必要があります。「月給28万円(残業代込み)」のような表記では、基本給がいくらなのかわかりません。
「□□手当(時間外労働の有無にかかわらず、○時間分の時間外手当として△△円を支給)」という形で、金額と対応する時間数の両方が明示されている必要があります。
「○時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給」と明記されている必要があります。この一文がない求人票は、超過分の支払い意思が不明瞭です。
「月給28万円 ※みなし残業あり」
「月給25〜35万円(残業手当含む)」
→ 基本給も時間数も超過時の扱いも不明
固定残業手当6万円(45時間分)
※45時間を超える時間外労働分は追加支給」
→ 3要件をすべて満たしている
固定残業代が無効になる2つの条件
固定残業代は、要件を満たしていなければ法的に無効と判断されます。無効となった場合、企業は固定残業代とは別に、実際の残業代を全額支払う義務を負います。判例上、有効性の判断で重視されるのは次の2点です。
① 明確区分性
通常の労働時間に対する賃金部分と、割増賃金にあたる部分が明確に区分されていること。金額が費目として分けて記載されている必要があります。
基本給と残業代の境目がなく、何時間分の残業に対して支払われているのか判別できない。
固定残業代3万円(20時間分)」
費目が分かれ、時間数も特定できる。
② 対価性(差額の精算が行われていること)
その手当が、確かに時間外労働の対価として支払われていること。そして、設定時間を超えた残業が発生した月には、必ず差額が支給されていることが求められます。
差額の精算を行っていない場合、「名ばかり固定残業代」として制度全体が無効と判断されるリスクがあります。実際、固定残業代の無効を巡る未払い残業代請求は近年も相次いでおり、数百万円規模の支払いを命じられた企業の事例も報告されています。
設定時間から読み取れる企業のサイン
固定残業代の設定時間は、その企業がどれくらいの残業を「標準」と考えているかを示しています。判断の目安を整理しましょう。
| 設定時間 | 読み取れること | 評価 |
|---|---|---|
| 設定なし | 残業した分だけ支払う仕組み。残業が少ない可能性も | ◎ |
| 10〜20時間 | 全国平均(20.6時間)と同等かそれ以下 | ◯ |
| 20〜30時間 | 平均並み。業界によっては標準的 | △ |
| 30〜40時間 | 平均を大きく上回る残業が前提 | ▲ |
| 45時間 | 36協定の原則上限と同じ。恒常的な長時間労働の可能性 | ✕ |
| 45時間超 | 特別条項が前提。臨時的でなければ不適切な体制 | ✕ |
実質時給で比較する|計算方法と実例
固定残業代の有無や時間数が違う求人を比較するには、月給の額面ではなく「実質時給」に換算するのが最も確実です。
計算式
実質時給 = 月給総額 ÷(所定労働時間 + 固定残業時間 × 1.25)
残業時間に1.25を掛けるのは、法定の割増率(25%増)を反映するためです。これにより、割増賃金分を含めた実質的な時間単価を比較できます。
| A社 | B社 | |
|---|---|---|
| 月給(総額) | 28万円 | 25万円 |
| 固定残業時間 | 45時間分 | なし |
| 所定労働時間 | 160時間 | 160時間 |
| 計算式の分母 | 160+45×1.25=216.25 | 160 |
| 実質時給 | 約1,295円 | 約1,563円 |
額面ではA社が3万円高いにもかかわらず、実質時給ではB社が約270円高いという結果になりました。さらにB社は残業した分だけ追加で支払われるため、実際に45時間残業した場合はA社と同水準以上の月給になります。額面だけの比較がいかに判断を誤らせるかが、この計算からわかります。
残業の実態を見極める4つの方法
① 求人票の3要件をチェックする
基本給・固定残業代の金額と時間数・超過分の追加支給——この3点がすべて明記されているかを確認します。ひとつでも欠けていれば、その時点で情報開示の姿勢に疑問符がつきます。
② 面接で配属部署の実態を聞く
全社平均ではなく、配属予定部署の実態を確認することが重要です。同じ会社でも、部署によって残業時間は大きく異なります。
- 「配属予定の部署では、月の残業時間はどのくらいが平均的でしょうか」
- 「繁忙期と通常期で、どの程度の差がありますか」
- 「固定残業時間を超えた月は、どのように精算されていますか」
- 「勤怠はどのような方法で管理されていますか」
③ 労働条件通知書で最終確認する
内定後に交付される労働条件通知書は、法律上の明示義務がある正式な書面です。求人票や面接での説明と内容が一致しているかを必ず照合しましょう。ここで食い違いがあれば、承諾前に確認する必要があります。
④ 勤怠管理の方法を確認する
労働時間を客観的な方法(ICカード、PCログ、勤怠システム)で記録している企業は、労務管理が機能しています。逆に自己申告制のみ、あるいは「定時で打刻するのが慣習」といった運用がある企業は、サービス残業が常態化している可能性があります。
まとめ
固定残業代(みなし残業)は違法な制度ではなく、適正に運用されていれば労働者にメリットもあります。しかし、その仕組みを理解していないと、額面の高さに惹かれて実質的に不利な条件を選んでしまうことがあります。
確認すべきは3点です。求人票に「基本給の額」「固定残業代の金額と時間数」「超過分の追加支給」がすべて明記されているか。設定時間が全国平均(月20.6時間)と比べてどうか。そして、実質時給に換算したとき、本当に有利な条件なのか。特に45時間という設定は、36協定の原則上限にあたり、恒常的な長時間労働を前提としているサインです。
そして忘れてはならないのが、求人票の記載と実際の運用が一致しているかどうかです。制度が書面上整っていても、超過分の精算が行われていなければ意味がありません。面接での確認と、企業の労働環境を示す客観的なデータの両方を使って、入社後に後悔しない判断をしてください。
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- 厚生労働省「固定残業代を賃金に含める場合は、その内訳を明示してください」(都道府県労働局・ハローワーク)
- 厚生労働省「毎月勤労統計調査」
- 厚生労働省「時間外労働の上限規制」
- 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
- doda「平均残業時間ランキング【職種別】」
- パーソルキャリア「職種別 平均残業時間調査」